芸能まとめ速報

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    1 ジョーカーマン ★@\(^o^)/ :2017/02/20(月) 21:47:42.83 ID:CAP_USER9.net

    人気アイドルグループ・乃木坂46の橋本奈々未が24歳の誕生日を迎えた20日、さいたまスーパーアリーナで卒業コンサートを行った。
    同公演をもって芸能界からも引退する橋本は、会場を埋め尽くした3万5000人のファンを見渡すと
    「いままで本当にたくさんの応援をしていただいてありがとうございました」と号泣しながらあいさつ。
    2011年8月21日の結成日から丸5年半、グループが人気絶頂期を迎えるなか、
    ファンに「乃木坂御三家」と呼ばれる人気メンバーの橋本が盛大に送り出され、アイドル活動に幕を下ろした。

    昨年10月にグループからの卒業および芸能界引退を発表して4ヶ月。
    乃木坂46のデビュー5周年記念ライブ『5th YEAR BIRTHDAY LIVE』3daysは、もともと各日3万席のチケット販売を予定していたが即完売。
    急きょ追加販売された見切れ席やステージ裏席5000席も即完売となる過熱ぶりで、
    会場は3万5000人の観客でパンパンに膨れ上がり、横80メートル、縦120メートルをフルに使ったステージが組まれた。

    乃木坂46の『BIRTHDAY LIVE』は“持ち歌全曲披露”が恒例。
    これまでは1stシングル収録曲か順に披露してきたが、この日は橋本が各シングルから好きな曲をピックアップして構成し、37曲をパフォーマンス。
    初日の本編が終わってメンバーがステージを後にすると、声を枯らしたファンの「ななみん」「ななみん」コールが会場を揺るがした。

    開演前から終始、橋本カラーの緑一色に染まった巨大な会場に再び一人で戻ってきた橋本はステージスポットライトを浴びた橋本は「こんなに素敵な景色を何度も何度も目にしているのに、別の道を進みたいと思うのが、いちばん『ないものねだり』だなと感じます」と話したところで大粒の涙。
    「私が選んだその先に、正解があると信じています」と話しながら、何度も顔をぬぐった。

    メンバーを代表して同い年の白石麻衣が手紙を読み上げ、
    「私が乃木坂で過ごした5年半は、ななみんの隣にいた5年半でした。年も同じで、曲の中てはシンメトリーで、最高のパートナーだと思うようになりました」と打ち明けて抱き合うと、2人で声を上げて泣きじゃくった。

    生活苦で弟を大学に進学させるため、当時人気絶頂のAKB48の公式ライバルとして募集していた乃木坂46の1期生オーディションを受けた橋本は、11年8月21日に最終審査に合格。
    ファンからは白石麻衣、松村沙友理とともに「乃木坂御三家」と呼ばれるなど初期からの人気メンバーで、シングルでは自身がセンターを務めた最新曲「サヨナラの意味」まで16作連続で選抜入りした。

    卒業セレモニーでは最初で最後のソロ曲「ないものねだり」を情感たっぷりに熱唱し、
    ラストはこちらも最初で最後のセンターを務めた「サヨナラの意味」で締めくくり。会場の隅々にまで手を振り、ファンに別れを告げた。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170220-00000311-oric-ent

    「乃木坂46 5th YEAR BIRTHDAY LIVE~橋本奈々未卒業コンサート~」

    (出典 pbs.twimg.com)


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    乃木坂46 橋本奈々未




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    (出典 www.cinemacafe.net)



    1 THE FURYφ ★@\(^o^)/ :2017/02/21(火) 23:57:33.79 ID:CAP_USER9.net

    「幸福の科学」への出家騒動の渦中にある女優・清水富美加が主演した映画「暗黒女子」(4月1日、
    全国ロードショー)の完成披露試写会が21日、都内の劇場で行われた。W主演のもう一人、
    飯豊まりえ(19)は「富美加ちゃんが今日ここに一緒に立てなかったのはすごく、本当に残念に
    思ってます」と涙ぐんだ。

    W主演女優のうちの1人が不在という異例の事態。冒頭で司会者から「事務所側からの申し出により
    欠席になります」と告知され、飯豊と清野菜名、玉城ティナ、小島梨里杏、平祐奈、千葉雄大、
    耶雲哉治監督、原作者の秋吉理香子氏が登壇した。

    飯豊は最後に「富美加ちゃんが今日ここに一緒に立てなかったのはすごく、本当に残念に思ってます」と
    切り出した。「富美加ちゃんはどう思ってるか分からないですけど、私は富美加ちゃんの人柄がすごく
    好きですし…」と語るうちに思いがこみ上げてきたのか、目を潤ませていった。「一緒に頑張ろうねと
    言っていたので、この作品は富美加ちゃんも…あの…」と涙声になり言葉を詰まらせる場面も。

    そして「みんなで富美加ちゃんも含め、みんなで一生懸命作り上げたのは本当にうそはないので。
    それを1人でも多くの方に届けられるようにキャストのみんなと耶雲監督と映画の関係者の皆さんで
    1人でも多くの皆さんに届けていけるように頑張ります」と誓った。

    退出時には報道陣から「撮影時に変わった様子はありませんでしたか」「宗教について話をされたり
    しましたか」「連絡はとっていますか」などの声が飛んだが、女子高生が中心の客席から大歓声が
    巻き起こったこともあり、反応はなし。飯豊は最後に頭を下げて「ありがとうござました」と一礼した。

    関係者によると、当初は清水に対するサプライズの演出があったというが、騒動をうけて取り消されたという。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170221-00000096-dal-ent


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    (出典 livedoor.blogimg.jp)



    1 三毛猫 φ ★@\(^o^)/ :2017/02/21(火) 00:11:14.02 ID:CAP_USER9.net

    女性自身 2/21(火) 0:00配信

    2月13日、東京・目黒区の碑文谷会館の葬儀会場には、悲しみに暮れるタモリ(71)の姿があった。トレードマークであるサングラスの奥に光るものを
    たたえながら、じっと無言で祭壇の前に立ち尽くす。その視線の先には、「タモリカップ」のロゴ入りの帽子をかぶった男性の笑顔の遺影が。金井尚史さん
    (享年56)。数多の人気番組に出演してきたタモリがもっとも信頼を寄せていたテレビマンが、この金井さんだった。

    「タモリさんとは90年代にラジオ番組『タモリの週刊ダイナマイク』で仕事をしたのが親しくなったきっかけだったと聞いています」(芸能関係者)

    タモリと金井さんは、瞬く間に意気投合。2人の親密ぶりを、ニッポン放送関係者が明かす。

    「金井さんは、相手の懐に入るのが早くてうまい。タモリさんと番組を始めたときもそう。タモリさんがヨットが好きだと聞くと、あっという間に1級船舶
    免許を取って周囲を驚かせた。以降、公私に渡って親しい付き合いを続けていました。毎年お正月はタモリさん宅で過ごしていましたし、『笑っていいとも!』が
    終わった直後のタモリ夫妻のヨーロッパ旅行にも、彼は同行していました」

    タモリの夢の実現に一役買ったのも、金井さんだった。前出の芸能関係者は語る。

    「タモリさんは昔から『ヨットレース=お金持ちのスポーツというイメージをなんとか払拭したい』と話してました。参加費を下げて、誰でも気軽に楽しめる、
    そんなヨットレースをやりたいというのがタモリさんの夢でした。ですが、いくら著名なタモリさんでも、ヨットレースを主催するのは難しいだろう、
    というのが大方の関係者の意見でした」

    これまで、いくつもの難しい番組企画を成立させてきた金井さんは、その高い交渉能力、プロデューサーとしての手腕を、タモリのためにいかんなく発揮した。
    参加費を抑えるために、たくさんの企業に協賛を求めて回った。

    「そうして09年、『日本一楽しいヨットレース』を謳い文句にスタートしたのが『タモリカップ』です。大会プロデューサーとして毎年開催を続けながら規模を
    拡大させて、昨年には237艇が参加する日本一のヨットレースにしたんです」(ヨット関係者)

    タモリカップをここまで大きく育ててきた2人。その絆はいつしか揺るぎないものとなっていた。しかしタモリにとってかけがえのない存在である金井さんに、
    病魔が襲い掛かる。15年5月、検診を受けた金井さんの体にがんが発見されたのだ。金井さんの友人が語る。

    「肝臓がんでした。精密検査の結果から、医師は『余命3年』と告げたそうです。金井は人一倍明るい性格なので『まいったよ~』と笑顔で僕らには
    話してましたけど……」

    医師からの余命宣告に、本人以上にショックを受けたのがタモリだった。

    「彼の病状を聞いたタモリさんは、ひどく驚いていたようです。そして金井に向かって突然、『おれ、引退するから。ヨットで世界一周しよう』と言ったんです」
    (金井さんの友人)

    複数のレギュラー番組を抱え、芸能界で不動の地位を築いたタモリ。だが、それらすべてを投げ捨ててまで、タモリは金井さんに生きるための希望を与えたかったのだ。
    しかし、金井さんの病状は予想以上に早く悪化していった。

    1月末、家族以外面会謝絶だったがタモリだけは面会を認められた。やがて金井さんは意識を失う。ベッドサイドから見守っていたタモリはこんな提案を。
    タモリはジャズ好きなことで有名だが、金井さんもサックスが趣味だった。好きな音楽を聞いたらもしかして――。

    「音は聞こえているかもしれない。耳元で音楽を流してあげたらいいんじゃないかな」

    しかし今月9日、午前2時4分。タモリの願いもかなわず、金井さんはついに帰らぬ人となった。冒頭で紹介した葬儀会場でのこと。身じろぎもせずに金井さんの
    遺影を見つめ続けたタモリは、出棺直前、真っ先に棺に歩み寄った。

    「タモリさんがとくに弔辞を述べることはありませんでした。でもこのとき、棺の中には2人が育てたタモリカップのパンフレットも収められていました。
    そのパンフレットに目を落としながら、タモリさんは故人の顔の横にそっと花を置いたんです」(前出・芸能関係者)

    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170221-00010004-jisin-ent


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